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外交研究会 要旨 (2010年)

日米同盟と日本の安全保障

2010.6.1
孫 崎 享

  私は今、日本の安全保障を根本的に考えて見る必要があると考えています。  

  大きく言って、次の二つが新しい考察を要請する理由です。

  第一に米国は日本に対し、安全保障で新たな貢献を求めています。今日の日米関係の基礎は1960年の安保条約ですが、今、米国はこの合意の枠組みを超えた貢献を求めています。2005年10月米国側の国務長官と国務長官、日本側の外務大臣と防衛長官の間で、「日米同盟 未来のための変革と再編」という文書が署名されました。この文書の意義についてどの新聞もほとんど報じていないので、日本の国民もほとんど認識していませんが、実質的に安保条約を改定した位の意味を持っています。最も重要な点は二点あります。安保条約では日米協力の対象を極東の安全保障に限定していますが、これを世界に広げました。 より重要なことは「安保条約では“国際連合の定めるところに従う、国際連合の目的と合致しない他の如何なる方法によるものも慎む”とされていますが、「日米同盟 未来のための変革と再編」は「日米は共通の戦略目標を達成するため」行動する、「国際的安全保障環境を改善するため協力する」とされています。この「国際的安全保障環境を改善するため協力する」という言葉の響きはいいのですが深刻な意味を持っています。

  17世紀、欧州ではプロテスタントとカトリックとの間の「最後の宗教戦争」と言われた30年戦争があり、その結果ドイツでは人口は15%から30%減少し男性は半分になったといわれます。こうした悲劇を招かないためにどうしたら良いかが真剣に考えられ、国家の主権を認め、干渉しないことを原則とするウェストファリア条約が結ばれました。なにも国家の主権を認めることが一番いい国内政治をできると判断したからではない。「自分の方が正しい。正義を実現すべきだ」と主張し戦うことの犠牲の大きさに気付いたのです。その結果約300年間、平和が続いた。このウェストファリア条約的理念が後退し、クラウゼヴィッツの『戦争論』が全盛を迎えた時、欧州は再び第一次大戦、第二次大戦を経験した。この悲劇を経て、国家の主権を尊重するウェストファリア条約の理念が再度国際社会に認識され国連憲章として復活しました。他方「国際的安全保障環境を改善するため協力する」とは何を意味するか。一時ネオコンの論客であったフランシス・フクヤマはブッシュ政権の政策について、「これは実質的に予防戦争だ。予防戦争は何ヵ月あるいは何年も先に実現しそうな脅威を除去するための行動だ。つまりアメリカは国家の主権を尊重し既存の政府と協力するというウェストファリア条約以来の概念を捨てた」と述べていますが、このブッシュ政権の理念を日米安保体制の基軸としました。それが本当に日本のためになるであろうかが論議されなければなりません。

  次に中国の台頭があります。中国のGDPは2020年,2030年頃には米国のGDPを抜く、その際には日本のGDPの四倍になるという予測があります。中国の人口は米国の四倍ですから一人当たりGDPが米国の四分の一になればよい。今日四分の一という国は購買力ベースで見るとブルガリア、メキシコ、レバノンです。中国国内に問題をかかえていてもこのレベルに到達することは難しいことではない。日本は隣に中国という大国を持つこととなります。

  福沢諭吉著とされる「脱亜論」(1885年)があります。ここでは、「支那、朝鮮は今より数年を出でずして亡国と為る、支那、朝鮮は我日本国のために一毫の援助と為らざる、その(亜細亜)伍を脱して西欧の文明国と進退を共にし、西洋人が之に接するの風に従いて処分すべき、我が心に於て亜細亜東方の悪友を謝断すものなり」と記述されています。脱亜論の根拠とされる「支那、朝鮮は今より数年を出でずして亡国と為る」状況が大きく変わり,世界で最も大きい経済大国が出現しようとしています。この外交研究会でかつて西村吉正氏が指摘されたように確実に脱「脱亜論」の時代に入りました。

 こうした中、日米関係はどうなるか。外務省が2010年6月1日発表した米国世論調査での「アジアにおける米国の最も重要なパートナー」は、一般の部では,日本と中国が44%で同率1位,有識者の部では56%で中国が1位,36%で日本が2位となり,中国が上回りました。我々は、米国が中国をアジアにおける米国の最も重要なパートナーと位置づけて東アジア政策を行っていくことを認識していかなければなりません。

  この中、日本の安全保障かどうなるか。中国が対米核攻撃の能力を強化するにつれ、米国としては相互確証破壊戦略を採用しなければならない。互いに核兵器で先制攻撃が出来ないことを確約する。この中で同盟国を「核の傘」で守るというのは論理的に難しい。キッシンジャーは『核兵器と外交政策』で、モーゲンソーは『国際政治』の中で、「核の傘」の信頼度が低いことを指摘しています。さらに1986年6月25日付読売新聞一面トップは「日欧の核の傘は幻想」と題し米国の対日「核の傘」はないとのターナー元CIA長官談話を報じました。また、尖閣列島のような島の防衛に米国が軍事的に介入するかとなるとこれまでの日米合意では米国の即時参戦は期待できない。米国は尖閣列島の領有権では中立の立場です。この中、日本が自主防衛すること、さらには非軍事的手段で攻撃を避けるという道を真剣に模索しなければならない。米国国防省年次報告「中国の軍事力二〇〇八年」は中国の戦略は中国共産党の生き残りと深く関係している,今日その道は中国国民の生活水準を上げることしかない、そのためには市場・原材料の確保から近隣諸国等と友好関係を結ばざるをえない」としているのは、中国の動向を考える上で大変に参考になります。(了)