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外交研究会 要旨 (2011年)

日本とインド 

 2011.6.1
  堂 道 秀 明

1.インドに対する固定観念を打破しよう

 多くの日本人は、インドに対し一定の固定観念をもっているのではないかと思う。それは、カーストや貧困のイメージであったり、ビジネスに携わった人でもインドは難しいといったイメージだろう。それは事実ではあるが、今日我々がインドと正面から向き合う際、このような固定観念は有益ではない。インドに対し、どういう認識(パーセプションあるいはヴィジョン)をもつかが重要だ。

 例えば、貧困に対するイメージが固定的だとすると、現在インドで起きていること、将来起こりうることについてのイメージを持つことの妨げになりかねない。例えば、インドでは、自動車やバイク、携帯電話などが日本では想像を超えるスピードで売れている。携帯電話などは今でも月1700万~2000万の新規加入が続いており、携帯電話保有数はあっという間に日本、米国を抜き、7億人に達した。インドの人口は12億人、そのうち最下層の1日1ドルで暮らしている人の数は少なくとも4億人程度といわれるが、今やそういう人達までが携帯電話を持っている。

 インドのGDPは1兆3000億ドル。わが国や中国の約1/4程度だが、ASENA10ヶ国に匹敵する。そのような国が年率8~9%の成長をすると、1年間で例えばベトナム1ヶ国分のGDPがインドに創出されることとなり、その結果、何千万という人達が貧困層から抜け出し、新たな市場に参入してくる。

 インド最大の民間銀行にICICIという銀行がある。その会長から聞いた話だが、そもそもインドの銀行がとらえている国民層は人口の半分位。残りはインフォーマル経済、キャッシュ経済だという。従って、インドの経済は統計上出てくる数字よりも大きいという。人口の7割は農村におり、ほとんどがキャッシュ経済。そういう人達が経済発展に伴って市場に参入してくる。BOP(ボトム・オヴ・ピラミッド)ビジネスでなくとも、このようなインド経済のダイナミズムを理解する必要がある。

 インドにいる日本人の数は急速に増えているが、未だ4000人だ。シンガポールに3万人、東南アジアでも万単位、中国には14万人近い日本人がいる。しかしインドでは未だ4000人。インドの国土はロシアを除いたヨーロッパに等しく、州の数も28。EUは27ヶ国だから、私の感覚では、例えばロンドンに官民あわせ4000人居て東欧も含めたヨーロッパ全てについて我々は理解していると言えるか、ということだ。

 特にインドのwho’s whoを知ることが重要だ。私も含めて、とても知っている、とは言えないだろう。我々がインドに参入していく際、インドを支配している人達のことをもっと知る必要がある。そして、彼等は多くの場合、驚くほどリッチだ。もともとマハラジャの伝統もある。

 日本の企業は、例えばタタとかリライアンスとか著名なインドの財閥とビジネスをしたがる傾向にあるが、彼等は既に兆規模の企業となっている。タタなどが第一グループの財閥だとすると、第二、第三、第四といった財閥がインドには数多くあり、インドの成長につれてこれからもっともっと大きくなるだろう。そういう人達が日本企業や日本の技術との連携を求めているが、日本の企業はネーム・ヴァリューで判断する傾向がある。我々は、インドのリッチな層との関係をもっと深めていく必要がある。私がそう思うのは、他の国、例えば韓国でも、インドとの関係はより重層的となっているからだ。

 そもそもインドは欧米との結びつきが強い。米国には225万人のインド人がおり、今やユダヤ人を超え、米国で第一位のロビイスト団体となっている、という。米国の一流企業のCEOにインド人も多い。かなり昔のことになるが、わが国の外務省、大蔵省、経産省がダボス会議に参画し始めた時、どういう人がダボス会議に参加しているのか調べたことがあるが、その時で約半数はインド系であった。インドはこの人たちを通じ欧米と結びついており。また、中東・アフリカ等でも存在感がある。

 しかし、こうしたことは日本ではあまり知られていない。これからインドとの関係を正面に見据えて関係を強化していくためには、まず我々は全体としてインドの事はよく知らないということを自覚して、固定観念にとらわれずパイプを太くしていく必要がある。

2.マンモハン・シン首相と戦略的パートナーシップ  

 インドではよく、日本とインドはナチュラル・パートナーですねと言われる。私もそうですね、と応じてきたが、よく考えてみるとナチュラル・パートナーとはなんであろうか。  我々にとって、例えば日米関係は同盟関係であるが、ナチュラル・パートナーとは言わない。ナチュラル・パートナーとは、一緒に居て心地よい、あるいは相互補完性があり、関係を増進していくことがお互いにとって利益となる関係と集約することができるかと思うが、これはインドにとってはナチュラル・パートナーでないパートナーがいるということの反映でもあろう。

 例えば、中国との関係は問題含みだという理解が一般的であろうが、米国との関係でも国内の政治勢力に米国との関係推進に懐疑的あるいは否定的な勢力がいる。例えば共産党。共産党は2004年からの第一次マンモハン・シン政権の閣外協力党であったが、米印原子力協力を結ぶ際、袂を分かった。おそらく非同盟の伝統とも関係があると思う。しかし、わが国の場合、全てのインドの政党がわが国との関係増進を支持している。

 何故だろうか。よくわからないが、インドでは、自分はフリーダム・ファイターでした、と言ってくる人によく出会う。話をよく聞いてみると、第二次大戦で日本軍が例えば英国艦船を撃沈したことが、英国からの独立を目指す多くのインド人に勇気を与えたという。アジアの多くの国では、日本軍の行動に対し否定的感情が強いが、インドでは少し違うという印象を受けた。

 こうしたことが日本との関係に決定的な要因になっているという意図ではないが、こういう側面もあるという意味で御紹介した。

 ナチュラル・パートナーであることは今日わが国との関係が飛躍的に増進されようとしていることの背景ではあるが、リニアな関係にはない。事実はむしろ逆であったであろう。戦前及び戦後しばらくはわが国とインドは極めて近い関係であった。わが国の繊維産業、次いで鉄鋼産業が発展したのは、インドから綿花、鉄鉱石が輸入できたことが大きい。戦後直後、ネルー首相は日本の子供達の要請に応え、自分の子供の名をつけたインディラという象を上野動物園に寄贈した。

 しかし、こうした密接な関係は時間の経過と共に失われていく。おそらく冷戦構図が影響した。インドは非同盟といえど、米国がパキスタンを支援したこともあり、ソ連に近い立場を取った。また、核実験を行った影響も大きい。そして、わが国が成長を続けた時期にはインドは重要な市場ではなくなったのである。

 こうしたことが、先に述べたように、インドには日本人が4000人しかいないという事実に反映されている。  しかし、こうした両国関係は、現在大きく変化している。ターニング・ポイントは2000年。この年、クリントン米国大統領が訪印し、「21世紀へのヴィジョン」と題する共同ステートメントを発表した。同じ年、わが国からは森総理が訪印。日印グローバル・パートナーシップを構築した。これが「日印戦略的グローバル・パートナーシップ」に発展していく。  今日、戦略的パートナーシップの構築がはやりであるが、これが本当の意味をもってくるには、ダイナミズムが生まれることが必要である。

 幸いにして、今日の日印両国関係にはダイナミズムが生じている。その原動力の中心は、インドのめざましい成長と、わが国経済界の関心の増大だ。インドは2005年から2007年まで9%台の成長を達成した。2008年には世界的経済危機の影響を受け、成長率は6.8%に落ちたが、この時期ほとんど全ての国がマイナス成長に落ち込んだ中で、6.8%の成長を達成したことは、逆にインドの内需の強さを確認する結果となった。2009年よりは、成長は8%台に回復してきている。

 インドは、今後も高い成長を続けていくだろう。おそらく9%~10%の成長を視野に入れる。こうしたインドの経済成長に、わが国経済界の関心が増大している。 

 しかし、先に述べたように、日本のインドにおけるプレゼンスは未だ小さく、スズキ自動車等80年代から進出し成長している企業を除き、多くの企業にとり、インドは未知数だ。  

 戦略的パートナーシップを構築し、その下で目標を設定し、これを実現しようとしているのは、政府が関与し、コミットすることにより、官民一体となってインドとの関係を拡大することが適切とする考えに基づくものだ。日印間には首脳が年に一度相互に訪問し、戦略的パートナーシップの進展を確認することにしている。わが国がこうした約束をしているのは、インドだけだ。

 このような構図で二国間関係を推進することの必要性は、両国の歴代の首脳レベルで確認されたものだが、インド側においては、マンモハン・シン首相の存在が大きい。

 インドは1991年に外貨危機に陥った。湾岸戦争により中東に出稼ぎに行っていたインド人からの送金が激減したことが直接の原因だが、根底にはそれまで続いていた社会主義経済政策の行き詰まりがあった。この時、マンモハン・シン首相は蔵相として各国に支援を要請したが、どこも受けなかったという。そうした中で、マンモハン・シン蔵相は訪日し、当時の橋本蔵相が3億ドルの支援を約束した。これをもってマンモハン・シン蔵相は世銀、IMFとも調整し、国内においては従来の社会主義的経済を市場主義経済に転換した。今日のインドの発展の基礎を作った。こうしたこともあり、マンモハン・シン首相は、わが国との関係強化に特別の思いを持っている。

 インドとの間の戦略的パートナーシップは、今日、実質を伴うものとなってきているが、これは、両国政府の首脳の力強いエンドースメントを得ることができたからだ。わが国においては、森総理にはじまる歴代の総理、また、民主党よりも鳩山前総理をはじめ、指導層の支援を得ている。

 それでは、どのような進展が達成されたのか。  

 第一に、経済連携協定の締結だ。アジアの第二、第三の経済の経済連携が成立した。  第二に、旗艦プロジェクトの推進。旗艦プロジェクトの中心は、デリー・ムンバイ間の高速貨物鉄道の建設とそれを中心とする産業大動脈の建設だ。

 インドはインフラ建設が遅れており、経済発展のボトルネックになる惧れがある。例えば、わが国からの貨物をデリーに送る場合、ムンバイ港でのクリアランスが3日程度、デリーに運ぶのに7日から10日もかかる状況だ。高速貨物鉄道の建設は、急増しているコンテナの輸送を迅速化するものだ。

 このような計画にわが国の協力が要請されたのは、伏線がある。例えば、デリー地下鉄。これはわが国の円借款による建設だったが、大きな成功を収めた。インドのバス、鉄道は無秩序とも思われる山なりの人を運んでいるが、地下鉄は日本と同じく整然としている。地下鉄文化をインドに持ち込んだと言われている。この成功を受け、人口500万人以上の大都市に、わが国の協力により、地下鉄が建設されようとしている。高速貨物鉄道の建設も、新たな交通システムをわが国との協力により進めようとするものだ。

 そして、その鉄道を中心として、工業団地、タウンシップを整備していく、これが産業大動脈。産業大動脈と銘打っているので、工業化のイメージが強いと思うが、実はエコシティを整備していく計画だ。インドにおいて、農村から都市への大規模な移動はまだ起きていないが、2040年にかけて、3億5000万人もの人が都市に移動してくると考えられる。そうなると、既存の都市に受け皿はなく、スラム化が懸念される。そのため、工業団地で雇用を吸収すると共に、新たな都市をエコシティとして建設していく。これが基本コンセプトだ。

 第三に、安全保障分野でのインドとの協力である。わが国がこのような協力合意をしているのは、日米同盟を除いては豪州とインドのみだ。

 第四に、高等教育分野での協力。インドは独立以来、高等教育の推進を図ってきた。特に、インド工科大学(IIT)が有名だ。その卒業生がインドのIT分野でのめざましい成功をもたらした。そして、そうした人材の多くが、米国との関係を有している。そうした中で、これまで七つあったIITに加え、新たなIITを創設することとなり、マンモハン・シン首相の示唆を得て、ハイデラバードIITとわが国の協力が進むこととなった。

 私は、ハイデラバードIITの学長に、どのような学生が来ているのか聞いたことがある。その答えは、数学、英語、物理、化学の四科目で優秀な学生だということだった。わが国にも優秀な学生は多いと思うが、この四分野で全て優秀な学生はどれ位いるのか、考えざるを得なかった。わが国とこうしたインドのブレインとのリンクを作りたい。こうした思いがある。

 そして、協力のため、わが国の主要大学間でコンソーシアムがつくられ、エネルギー、ナノテクノロジー等の先端科学分野で共同研究が進められようとしている。

3.日米豪印と中国  

 2007年末に私が赴任した頃、日米豪印の連携を進めるとの考え方があった。しかし、結果的にこの構想は動いていない。中国が、中国囲い込み政策として猛反発したからだ。日米豪印は民主主義国としての共通性を有しているということだが、中国の反発を招き、この構想が進んでいるという状況にはない。

 昨年中国は、中国が言う平和的擡頭に疑念を生じさせるような行動をとった。インドにおいては、10人と話すと9人は対中警戒感を述べる。わが国においてもそのような観点からインドとの連携を図るべしとする考え方がある。しかし、中国に対する対抗軸としてインドを巻き込もうとするアプローチは、今のところ成功しているとは言えない。  

 インドにおいて、対中警戒感が強いと述べたが、少なくとも今の政権は、国境問題も含め、中国と問題を起こすようなことはしないと考える。むしろ、世界のパラダイムが大きく変化し、新興国が力を増す流れにあって、その中心にいる中国とインドが協力する場面も増えてくるのではないかと考えている。  

 なお、印中は仲が悪いというのが日本での一般的な見方だが、経済関係を見る限り、両国の関係は急速に発展し、中国はあっという間にインドの最大の貿易相手国となっている。中国からインドに対する輸出も高度化しており、例えばインドが建設を進めている発電所の7割は中国が受注している。そして、実態は明らかにされていないが、中国の提供するファイナンスも巨額になっており、私は、わが国企業にとって中国は最大のライバルになっていくのではないかと考えている。  

 逆に言うと、そうした中国の攻勢に対抗するためにも日本と協力し、強固な産業基盤をインドに確立したいという期待がインド側にある。

4.インドの産業構造とわが国の役割

 インドの経済はサーヴィス部門が牽引している。サーヴィス部門というとITかと思われるかも知れないが、IT部門は2009年でGDP比6.2%でしかない。しかし、1998年の1.2%に比し急成長している。ソフトウェア開発、事務処理アウトソーシング等で、海外との取引が8割となっている。インフォシスのナヤヤナ・ムルティ会長は、世界中からソフト開発を請け負う「グローバル・デリバリー」ビジネス・モデルを作り上げた人として有名だ。  

 この分野でわが国との関係が薄い。おそらく日本語がネックとなっている。そのため、インドのIT会社でも日本語を話せる人が増えているが、ITに限らず、優秀な人材を得るためには、日本語の習得を条件付けることはいかがなものかと思う。  

 製造業は比較的遅れている。インドは、第一次産業から第二次産業、そして第三次産業への発展といった、いわゆるペティ・クラークの法則は当てはまらない発展をしてきている。    製造業では、自動車産業が有名であり、インドは今や小型車の大市場、そして生産輸出基地ともなっている。製造業の対GDP%は2009年で16%であるが、政府はこれを25%まで拡大したいとしている。農業の生産性が低く、農業の対GDP比シェアも毎年低下してきており、人口増加を吸収し雇用を維持するには、製造業を発展させないといけないという意識が強い。中国に席巻されたくないという思いもある。デリー・ムンバイ産業大動脈構想は、インドに新たな産業基盤を作る計画である。

 産業のエネルギー効率を高める必要性も強く認識されており、日本の関連企業の参入も目立つようになってきた。しかし、高付加価値の先進国モデルをもってきて、それをインドで普及させようとしてもうまくいかないかも知れない。日本の技術には及ばないが、その一段下にあるものなどは、中国なども競争力がある。価格差を埋める方策が必要であるが、同時に途上国市場向けモデルを開発する必要がある。いくつかの企業は、世界の内需の中心が既に先進国から新興国にシフトしていることに着目した戦略を立て始めている。

 農業の生産性は低い。畜牛、豆類、紅茶、米、小麦、野菜、果物など、世界第一又は第二の食料生産国であるが、基本的にモンスーン依存型であり、物流も悪い。野菜など、巨大なウェイストが生じる。灌漑が整備されている州では10%近い生産性があることを考えれば、生産性はもっと伸びる。農村の生産性を高めることができれば、インドはもっと豊かな国となる。

5.日印と日中  

 日印間及び日中間の人的交流、経済的交流の比較を示した表を見て頂きたい。この表にはでていないが、2008年日本からのインドへの直接投資額は8000億円台となり、初めて対中投資を超えた。JBICが毎年日本の製造業を対象として、将来どの国に投資を計画しているか、というアンケートをとっているが、今やインドは中国と一、二位を争うようになってきている。しかし、人的交流など日印間の交流は、日中の1/30以下である。これは、先に述べた歴史的な経緯もあるが、インドの経済政策の変更が鄧小平の改革開放路線に比し、13年遅れたということもある。印中のGDPは中国がインドの4倍であるので、交流レベルの差が4対1なら納得できる。しかし、現状は低すぎる。

 私は、このことを否定的にとらえて申し上げているのではない。日印間の交流が拡大する余地が極めて大きいという観点から申し上げている。  

 私が思うに、中国とインドは格別だ。10億以上の人口を抱え、高い経済成長を達成している国は他にない。ゴールドマン・サックスがいわゆるBRICSリポートを発表したのは2003年だ。2040年に中国は米国を抜いて世界第一の経済大国となり、その時インドも日本を抜いて世界第二位になるだろう、という趣旨だが、私はそうなるかも知れないと思っている。

 だからこそ、我々は拡大の余地が大きいインドに注目すべきだ。わが国の成長のため、アジアの内需を取り込め、というのであれば、比較的遅れているインドに今着目する必要があるだろう。  

 リスクはないのか、という質問がよくある。もちろんリスクはある。しかし、ある程度リスクをとらないと、これは現実に起きていることだが、韓国や中国、ドイツ、米国などにやられるだろう。

 他方、経済は果たして今後も高成長を続けることができるかという観点から議論すれば、いろいろな観点から議論はでき、結論は様々であろう。中国やインドは貧困を抱えており、高い成長を継続せざるを得ない。低い成長だと国民の反乱が起きる。インドでも2004年に政権交替が起きた。当時インド経済は7.5~8.5%の成長であったから、当時の与党は「シャイニング・インディア」の標語を掲げて実績を訴えた。しかし、貧しい農民は、経済発展の利益が及んでいないとして、NOを突きつけた。こうしたこともあり、現政権は「包括的成長」を目指している。国民所得の再配分も行っている。しかし、こうしたことをするにも高い成長を維持しなければならない。そのため、マクロ政策的に一番気を遣うのがインフレだ。

  だから、アップアンドダウンはあるだろう。しかし、「勢い」というものがある。誰もこの「勢い」を無視できない。現在の中国に「勢い」を感じない人はいない。インドも同じ「勢い」を持っていることを認識して欲しいと願っている。

6.民生用原子力協力  

 わが国は、インドとの間で原子力協力の交渉を開始している。NPTに入っていないインドと原子力協力の交渉を開始することに、国内では大きな反対がある。しかし、よく知られていない点に、インドは、NPTの最大の目的である不拡散については優等生だということがある。パキスタンのカーン・ネットワークを通じて核技術が拡散したことと比較すると、大きな違いだ。また、NPTに加盟している国が実際には核技術の拡散に関与してきた疑いもある。北朝鮮のようにNPTをカバーとして利用してきた国もある。NPTの文言と国際社会の実態に食い違いがある。だからといって、インドとの原子力協力を進めることに反対することはおかしい、と主張するものではない。

 しかし、NPTを守るためには、NPTの文言に則して判断するだけでは形式論になってしまう側面があることも事実だ。原子力供給国グループ(NSG)がコンセンサスでインドに対する原子力協力を認めたのは、実態も含め、全ての側面を考慮した結果だ。  

 なお、核の抑止力についてどう考えるかによっても、様々の議論ができると思う。わが国は核の廃絶を訴えているが、安全保障は米国の核の抑止力に依存している。インドの戦略核はミニマムだが、対中、対パキスタンで相互に抑止力として機能している。ムンバイ・テロのようなことがあり、報復論があってもおかしくない状況で、忍耐と自制が働いたが、その背景には究極的に核の抑止力がある。

 インドは、日本と同じく、核の廃絶を目標としている。核実験については、モラトリアムを自らに課している。CTBTについては、米国、中国が批准すれば現状が変わる、との認識だ。

7.気候変動問題

 よく、気候変動問題についてのインドの立場は問題だ、という話を聞く。国連での交渉の話だが、インドが一番悪いと言う人がいるのでびっくりする。世界のCO2排出量を見ると、中国、米国がそれぞれ約20%、インドは日本と同じ4%台。それで米国と中国が一番悪いと言うならまだしも、インドが一番悪いと言うのは何故だろうか。調べてみると、国連の交渉でインドが中国を含めた途上国を代弁してとうとうと発言し、それでインドが一番悪いという印象を与えているらしい。

 しかし、国連でのマルチの交渉は交渉として、インドがCO2排出に無関心だということはない。中国もそうだが、貧困から脱却するため経済成長をするためにエネルギーが必要であり、それを先進国と同様に削られてはたまらないと言っているのだが、他方において中国のような排出大国にはなりたくないと考えており、これから確立していく産業は、先進国の協力を得て、最新の環境技術を導入していきたいとしている。

  特に太陽エネルギーに力を入れているが、途上国だから再生エネルギーはまだまだこれからだろうと考えていると誤りだ。例えば、風力発電などは日本より進んでいる。いずれにしても、日本の企業が積極的に参入することが望ましい。

8.世界最大の民主主義国  

 インドは、世界最大の民主主義国だ。そういう私も、インドに行く前には、カーストなどがあってどうして民主主義と言えるのかと思っていた。しかし、インドに行ってみると、民主主義の原則、即ち、選挙を通じ民意を反映し、その結果政府が交替するということが見事に実行されている。人種や言葉、文化、宗教が入り乱れている国で民主主義が徹底していることが、強烈な印象を与える。  

 インドでは、独立以降ネルー家の支配が続いてきたが、インディラ・ガンディ首相(ネルーの娘)が非常事態宣言を出したことはあったが、軍部が政権を奪取したことは一度もない。  選挙では汚職等もあるが、これを実行する選挙管理委員会は本当に立派だ。スラムであれ農村であれ一軒一軒回り、選挙登録を呼びかけ、貧しい人の選挙への参加も確保されている。

 ちなみに、カーストについては、実際インドにいてもよくわからない。誰がどのカーストか、インド人同士は判っているようだが、我々は職業から想像するのみである。カースト制やカーストによる差別は憲法上禁止されているが、実際には残っている。ヒンズー教に根ざしており、職域別に細分化している。雇用の時、カーストや宗教を聞くことは禁じられており、我々には判らない。カーストが進出している日本企業にとって妨げになるのではないか、という質問をよく受ける。この点、スズキ自動車の鈴木修会長は、カーストを意識したことはないとおっしゃっていた。私も、日本企業はカーストを意識する必要はない、と思う。

 カーストは職業とリンクしている側面が大きいので、例えばコールセンターなど新しい職域では、カーストは関係ないという話も聞く。他方、地方政党ではカーストをベースとした政党が出てきている。ちなみに、被差別カースト出身で大統領や最高裁長官になっている人もいる。

9.インド人の人となり  

 12億人もいれば、人間社会で想像しうるあらゆることが起きる。

  このあいだ、民主党の議員が訪印された際、きっとインドは民主主義国で経済発展もめざましく云々といったブリーフを受けてこられたと思うのだが、インドに着いた日の新聞を見て、名誉殺人とか人身売買とか、そういうおぞましい記事が沢山でていたのを見て、すごくショックを受けたと言っておられた。聞いているのと全然違う、と言われるのである。私は、12億人もいて、ありとあらゆることが起きる、しかし、インドの素晴らしい点は民主主義が実際機能していること、プレスの質が高いこと、司法がしっかりしていることだ、おぞましい記事が沢山でているのもプレスが自由であり質が高いからだ、と説明した。

 ちなみに最近は汚職もすさまじい。中国もそうだが、経済成長が高く、希少資源に規制があるところでは汚職が起きやすいが、今日明るみに出た事件は、携帯電話の周波数を巡る汚職で、通信大臣が逮捕された。動いたお金の規模も数百億円。私は、このような汚職が今明らかになったことは、インドのためによかったと思っている。  

 このように何でもありだ。インド人の人となりについても、直接関係した人がどういう人だったかによって印象はそれぞれ皆違う。

 そもそも我々とインド、インド人とのつきあいも最初にお話しした通り、まだまだ限られている。だから、ステレオ・タイプ的に考えるのは良くないと思う。私自身は、恵まれた人間関係を築くことができた。一般にインド人はドライだと思っている人が多いかも知れないが、企業の方に聞くと、日本人と同じウェットな側面を持っているという人の方が多い。まずは飛び込んでいって欲しい。そして、立派な人に出会えば、その人を通じて人脈を広げていって頂きたいと思う。