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外交研究会 要旨 (2011年)

ロシアの将来    ―シベリア・極東 vs. 日本・中国― 

2011.1.13
 河 東 哲 夫
Japan and World Trends代表
( www.japan-world-trends.com )

中国を念頭においた場合、ロシアのシベリア・極東部は日本にとってどんな意味を持っているかにつきお話し申し上げる。

まずロシア全体について。モスクワ公国という都市国家から出発したロシアがウラジオストックを領有したのは近々1860年である。シベリア・極東はもともとモンゴル系・チュルク系の黄色人種が住むところ。ウラル地方、コーカサス地方等を含めると、ロシアはソ連が崩壊したあとでもなお、多民族の帝国、モザイク状の国となっている。

ロシアは所有権の観念に欠ける等、自律的な経済発展のための条件を揃えていない。原油価格の高騰で数字上は大きなGDPを有するが、その体質はもろい。ソ連崩壊後のロシアは軍事費を減らして大衆消費社会となっているが、消費財の多くを輸入にあおいでいる。今後も自力のものづくりはごく少数の分野でしか競争力を持ちえず、おおむね輸入または外国からの直接投資に依存することとなろう。

ロシアは魚の骨のような経済構造を持っている。頭に相当する欧州部では都市部が広く分布しているが、真ん中では長いシベリア鉄道沿いに100万都市がいくつか点在するのみであり(総計2000万人)、それらを経済的に採算のとれるやり方で結び付けるのは至難の業である。極東は人口が650万人に過ぎず、労賃は高いうえに、主要市場まで遠い。ものづくりの基盤は国防産業以外にはほとんどない。

ソ連時代、中国との国境は世界でも最長の部類であった。ソ連崩壊後はカザフスタンが独立したことにより、ロシアと中国の国境はモンゴルと太平洋の間、比較的短距離に限られるようになった。しかしまさにこの区間でのシベリア鉄道は国境から至近距離を通っており、安全保障上は非常に脆弱である。ここを中国に抑えられると、沿海地方はまさに干上がる。日本がシベリア出兵したのはこの地域であり、その期間中、ソ連政府はここを「極東共和国」として独立させ、緩衝地域としたのである。 日本は1970年代から、大規模な「シベリア開発」案件を手掛けた。それがやっと実ったのが、たとえばサハリンの石油・天然ガス開発である。現在では東シベリア油田の開発が始まり、その油はサハリンからの原油と合わさって、2010年8月には日本の原油輸入の9%に達している。サハリンからの天然ガス輸入も、近いうちに年間需要の8%程度に達しよう。

ロシア政府は、極東が安全保障上脆弱であることを強く認識し、約2兆円分もの財政支出を含む開発計画を作成する等、真剣に対応している。2012年秋には、ウラジオストックでAPEC首脳会議が予定され、関連インフラ工事も多数進行しようとしている。しかし今のところ、極東地方での建設案件のほとんどはモスクワで入札が行われ、モスクワのゼネコンが落札している。APEC首脳会議が迫るにつれ、未完部分の突貫工事を求めて外国建設企業への引き合いがあるだろう。

以上をまとめるに、①日本がなんとか活動できる範囲はバイカル湖のあたりまで、つまりロシア極東部、②シベリア・ロシア極東部は、資源供給地としての意味は大きい、但し日本は近年、資源輸入需要量をどんどん減らしていることを念頭に置くべきで、叩頭外交を展開するべきではない、③ロシア極東部は、日本企業の工場立地には向かない、④ロシア極東部の開発を日本が助ければ北方領土問題でロシアは日本に譲ってくる、と考えるのは甘い、⑤ロシア極東部の開発を助け、もって中国に対するカウンター・バランスとするとの考え方があるが、ロシアにとっても中国にとっても主敵は米国であろう、それにロシア極東部は「カウンター・バランス」とするには中国東北部との力の差があり過ぎる、ということである。

つまり、シベリア・ロシア極東は、日本の対ロ外交で主力を注ぐべきところではあるまい。但しシベリア・極東開発には我が国の利益になる範囲で協力し、これには米国、韓国、そして中国をも引き込んでいくべきだろう。

なお中国は日本海に出口を持たないが、北朝鮮の羅津港に埠頭を租借しており、ここに中国が軍艦を配備すると日本海のバランスが変わり得る。それはウラジオストック北方になお、太平洋艦隊の相当部分を保持するロシアにとっても大きな要素となるだろう。