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外交研究会 要旨 (2011年)

中国のネット・ジャーナリズムの発達と『公共外交』  

  2011.4.20
  小 川   忠
小 島 寛 之

1. 中国の公共外交(パブリックディプロマシー)

 東日本大震災発生後、アメリカをはじめ世界各国で日本への関心が近年ないほど高まっている。この関心をより深みのある日本理解につなげ、復興のエネルギーにつなげていくためにどういうことができるか国際交流基金としても考えている。アメリカでは、エゾラ・ボーゲル氏やジョセフ・ナイ氏などの知日派学者のみならず、アメリカの中部や南部の大学等でチャリティや支援活動が活発に行われている。これは我々の先人が日米交流に尽力されてきた成果と言えよう。これから中国と付き合っていく上でも、20年後、30年後を見据えてどのようにパブリック・ディプロマシーを行っていくか、考えなくてはならない。 。

 2000年以降、中国は積極的に文化の対外発信を展開してきている。その結果、世界各地で日本と中国が文化的な影響を競い合うという構図が生まれてきている。特に大型の文化事業やマスメディア、さらには、孔子学院等を活用した派手な発信の強化が見られる。ただ、アメリカでも中国のパブリックディプロマシーに対する関心が高まり、研究書もいくつか出ているが、それらを見ると、投資ほどには効果を上げていないのではないかという指摘が、かなりある。中国のパブリックディプロマシーに対するクレディビリティに疑問を投げかける声をもあり、中国国内でもそのような点に対する自覚が出てきている。さらに、中国のパブリックディプロマシーは、海外への発信のみならず、中国国内での自国の外交に対する支持の獲得をしていくという性格もある。

 歴史的にみても中国共産党は、国共内戦時代からエドガー・スノーに毛沢東の密着取材を行わせるなどパブリックディプロマシー的発想に巧みであった。その後、鄧小平時代には、改革開放をアピールすることで外国の世論を味方につける戦略をとった。しかし、1989年、天安門事件の発生により、中国のイメージ外交は最大の危機を迎える。解放軍が学生を弾圧するという映像がテレビで世界に流れたことにより、それまでの中国に対する好意的な見方が雲散霧消してしまった。それでも、中国の為政者の中にある「和平演変」論、すなわち、西側諸国が思想を持ち込むことで社会主義体制を崩壊させようとしているという考え方は根深いものがあり、天安門事件以降、思想的締め付けが厳しくなった。しかし、市場経済化の流れはとどまらず、1990年代半ば以降、沿岸部を中心にめざましい経済発展を遂げる。すると、かつての日本に対する視線と同じように、海外において「中国脅威論」が唱え始められ、1999年、江沢民国家主席(当時)は、国際的イメージ改善の必要性について言及し、それ以降、パブリックディプロマシーが強化されていった。2009年には、中国の駐外使節会議において胡錦濤総書記の口から、パブリックディプロマシーの重要性が語られた。

 中国共産党でパブリックディプロマシーの中核を担っている機関は、中央宣伝部。1998年から英語名称をPublic Diplomacy Departmentに変更し、洗練された広報手法の導入を進めている。政府においては、国務院新聞弁公室、外交部、文化部、教育部などが党の指導の下、それぞれの担当業務を行っている。外交部は報道官組織を中心に外交政策の広報、文化部は、例えば「フランスにおける中国年」のような海外の大型文化事業を行う他、マンガ、アニメ、ゲームなどのポップカルチャーコンテンツの海外輸出振興にも力を入れている。CCTVでは海外に向けた英語の24時間放送を行っている。その他に、中国日報、中国国際ラジオ、新華社等の政府系メディアが存在する。近年、市場系メディアが」独自に多彩な報道を行おうとしていることや、ブログ、マイクロブログなどを用いた個人の発信が活発化していることは注目に値する。孔子学院は、当時2,500万人と言われた海外の中国語学習者を1億にまで増やすことを目的に2004年から世界各地に設置が始められた。一種のフランチャイズ方式で、すでに存在する各国の中国語教育機関と協定を結んで、孔子学院の看板を上げてもらうという形で丸抱え方式よりも効率的なやり方で事業を実施しているところが巧み。しかし、孔子学院に対する評価は必ずしも高いものばかりではなく、国によっては、学んでいる学生の多くが、中華系の子弟という例もある。

 中国政府の広報文化外交の課題は、投資のわりには、各国の信頼性が高くないということであり、そのことを中国政府も自覚し始めているようだ。一方、中国国内のインターネット普及は、国内において民主化要求や、あるいは、逆に過剰なまでのナショナリズムを生み出す素地を育み、中国政府にとって、国内の市民感情をどのようにコントロールするかも大きな課題となっている。

2. 中国のネットメディアの現状とその可能性

 私(小島)は2006年3月から2010年8月まで4年5ヶ月にわたり国際交流基金の中国の拠点である北京日本文化センターに勤務した。赴任直後は、2005年の反日デモの余波が感じられたが、2006年秋の安倍首相(当時)の訪中以降、急速に日中政治関係が改善し、その後、両国政府によって2007年は日中文化・スポーツ交流年、2008年は日中青少年友好交流年に指定され、文化交流を一つの手段として、両国関係改善の努力が続けられた。私が駐在した期間、中国は急速な経済発展を続けながら、2008年の北京オリンピック、2009年の建国60周年式典、2010年の上海万博など大規模な国家行事を相次いで開催し、中国の社会は大きく変化を遂げた。この変化の過程で、インターネットというツールは大きな役割を果たしたと考えられる。

 2010年12月時点での中国のネットユーザーは4.5億人、ネット普及率33.9%。日本の普及率78%から見れば低いようにみえるかもしれないが、人口が大きいことからネットユーザーの絶対数では世界一であり、都市部、若年層に限れば、かなり広く普及している。ただし、中国政府は、ネット空間をさまざま手段で検閲、コントロールしようとしている。その一つの象徴と言われるのが、グレート・ファイヤーウォール(防火長城)と呼ばれるインターネット通信の接続規制・遮断する大規模な検閲システムである。一方で、そのシステムをかいくぐって外部に自由にアクセスすること可能にするソフトも開発されている。正確な人数はわからないが、少なくとも数十万人程度が利用していると思われる。4.5億人のネット人口から見れば極めてわずかな数だが、海外の情報に敏感な質の高い集団であるとも言うことができる。

 中国では1998年頃から中国の都市部でネットの普及が始まり、ネットカフェ等を利用し、個人がインターネットを利用することができるようになった。また、2000年頃からメディアの市場化と集団化(グループ化)が本格化した。それまで党や政府機関からの直接の財政支援に頼っていた新聞、雑誌などは、広告収入に頼って、自立的に運営することを求められた。それまでの政府系メディアとは一線を画す、市場型メディアを創設したが、コンテンツを充実させるためには優秀な記者や編集者が多く必要になった。そこで、当時のメディアは、インターネット上ですでに名前を馳せているネットユーザーから、新しい記者を採用することにした。2004年になると個人のブログが人気を博し、2009年にはツイッター時代が始まった。  国際交流基金では2010年10月から12月まで中国から有名なフリーのコラムニスト/ブロガーの安替氏を日本に招へいしたが、彼によれば、テレビを除き、中国の公共世論を知るためのメディアは次の5つに分類できるという。

  1. 政府系メディア(「人民日報」など)と直接管理している市場型サブメディア(「環球時報」など)
  2. 市場主導型メディア:各種都市報、ニュースグループ、雑誌(「新京報」「新民晩報」「南方週末」「南都週刊」「南風窓」など)
  3. 「新浪」、「捜狐」、「網易」、「騰訊」など市場に主導されたニュースポータル、さらにそれらのブログ、マイクロブログ、ニュース専門サイトなど。
  4. ツイッターと独立ドメインのブログ
  5. 中国国内の各種掲示板

①は、伝統的な政府メディア。ここには「人民日報」やそれが直接管理している市場型メディア「環球時報」などが含まれる。②は、市場型メディアで、たとえば都市報といった各大型メディアグループの新聞やニュース雑誌。③は、「新浪」、「捜狐」、「網易」、「騰訊」などのニュースポータル。伝統メディアから転載したニュース記事、傘下ブログサイトのブロガーや各社が運営するマイクロブログなども含まれる。④は、海外にサーバーを置くツイッターやブログ。サーバーが中国国外に置かれているため、中国政府は直接書き込みを削除できない。しかし、アクセスブロックが行われており、通常の方法ではアクセスできない。⑤は中国国内の掲示板や論壇。中国政府のインターネット検閲を受けており、政治や民主にかかわる言論が削除されるが、民族主義的な発言は残される。日本のメディアは、①と⑤に注目する傾向があるが、安替によれば、バランスの取れた中国世論を知るためには、②、③、④に注目するべきだという。中国のメディアは「党の喉と舌」としての役割を担わされ、党・政府の管理を受けている。インターネットも例外ではない。共産党は相当の資金と人力を使ってネットの検閲、アクセスブロック、世論誘導を行っている。_しかし、インターネットの即時伝達性、誰でも発信者になれるなどの特性は、従来のメディアとは大きく異なるものであり、ネット上に一定の言論空間が生まれつつある。ネットメディアをうまく活用することで、中国に対するパブリックディプロマシー強化と日中間のコミュニケーションギャップ改善に寄与する可能性がある。

 しかしながら、昨年12月の劉暁波氏のノーベル平和賞授賞や中東のジャスミン革命発生以降、中国において、ネットを含む言論空間に対する規制が、以前にも増して強まっているように見受けられる。今後、中国の公民社会(市民社会)がどのように発展していくのか注意深く見守っていく必要がある。
(了)