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 「防衛政策討議 その2」書評       (2012.10.26)


客員研究員 吉田信三
  
当研究所の刊行物について身内の研究員が書評を書くのはどこかこそばゆい気がするが、研究所からの依頼でもあり、また、評者がこの政策討議に加わっていないこともあって(だから「第三者の立場に立てる」と勝手に解釈して)書評を引き受けることにした。

本書は、急成長で巨大国家に変貌した中国と日本が今後どう向き合ったらいいかがテーマだ。軍事力を強化して周辺国を威圧し始めた中国を隣国に持つ日本の安全保障のあり方を、官界、学界、経済界の現役やOBが座談会形式で徹底的に議論している。防衛政策討議シリーズの2冊目だ。

約450ページもある大部の同書を読んで「よく、まあ、ここまであけすけに議論をしたものだ」と感心した。

たとえば、こんな具合だ。〈発言は一部、編集〉 「日本が中国と本当に戦ってしまうと中国でのビジネスは難しくなる。巨大中国の圧力が今後も続くようだったら、日本は、たとえば向う30年間、中国には絶対に逆らわない、といったフィンランド化をめざす。そんな議論も必要なのではないのか」「中国がめちゃくちゃ強大になると、対抗するために軍事的な努力だけでは追いつかない。ある程度のフィンランド化は必要だ」 

フィンランド化は、冷戦時代に、独立、民主主義、市場経済の維持と引き換えに旧ソ連の事実上の支配を許したフィンランドの歴史になぞられる。属国化の意味合いで使われることが多い。日本のフィンランド化を中国との絡みで論じるのを愛国・右翼の人士が聞いたら「国辱的、国賊的だ」と目を剥くに違いない。しかし、この座談会は国辱か国辱でないかのレベルでは議論しない。われわれが持っているあらゆる固定観念をいったん捨てて、国家の生き残りのためにどんな方法があるのかを探ろう、と。そんなルールで議論している。そこが面白い。

もっともフィンランド化については本書の中で凄まじい反撃を受けた。「フィンランド化などと軽々しく言わないでもらいたい。フィンランド化とはその国と民族の歴史を奪うことだ。日本が中国のフィンランド化になると言うことは、中国の歴史観をそのまま日本で教えることだ」 「中国に日本単独で対抗できないのなら、多国間の連携を探ればいい」

この手の議論はキワモノ的になりがちだが、ここはそうではない。参加者はそれぞれ立派なキャリアの持ち主だ。豊富な経験と学殖に裏付けられた発言だからこそ迫力がある。ただ、発言は全て匿名だ。実名だったらとてもこうは行かなかっただろう。本書の冒頭に参加者の名前と簡単な略歴が示されているが、発言者名のところは番号になっている。匿名が通念破壊の議論を可能にした。

討議参加者の問題意識を、議論をリードした「0番」氏の発言で見てみたい。同氏は概略、次のようなことを述べている。 

  1. 中国は、列強に植民地支配を受けた過去100〜200年間の屈辱を晴らしたい。その思いを原動力に経済発展に努めてきたが、今や、中国自身が自国の発展に衝撃を受けている。そのエネルギーの持って行き場に困っている。コントロールが利かなくなったら周辺国はどうなるのか。中国は、朝鮮半島は自分たちの国の一部だと思っている。日本を隷属させたい。その気持をどう抑えるかがこれからの問題だ。
  2. 中国は軍事力を急拡大させている。次世代戦闘機を開発し、東アジアの制空権は中国に移った。台湾海峡で何が起ころうとも誰も手を出せない。アメリカの軍事力をもってしてもどうにもならない。中国は今後、超大国より1ランク上のスーパー超大国になる。日本が太刀打ちできるような国ではない。中国はそもそも日本を対等に見ていない。中国が対等視しているのはアメリカだ。
  3. 中国の外洋戦略にとって沖縄の米軍基地は邪魔な存在だ。中国が最も欲しているのは米軍の日本からの撤退である。アメリカ国内に海外からの撤退論が出ている。アメリカによる覇権の時代は終わろうとしている。アメリカは日本を最後まで守る気があるのか。アメリカはあまり頼りにならないのではないか。もし、アメリカが中国との関係改善を優先し、ハイヤー・ナショナル・インタレスト(より上位の国益)の観点から日米安保条約の廃棄や見直しを日本に求めたら日本はどうするのか。
  4. 一方、アメリカが東アジアの安定に尽くそうとしても同盟国、日本はついて行けるのか。国民がついて行かない。対中対応のためにロシアを味方につけようとしても北方領土問題が障害になって一歩も前に進まない。日本はフェイルド・ステイト(機能不全国家)だ。それを前提にしてこれからの日本のありようを考えなければならない。
本討議を、国家の最悪の事態を想定したストレス・テストだと位置づける「0番」氏の問題提起は極めて“挑発的”だ。それに触発されて、朝鮮半島情勢や台湾危機、ロシアと中国の関係、沖縄問題、日本の核武装などをめぐり興味深い議論が続く。このあとは、是非、本書を直接、手に取って見ていただきたい。

ところで、議論を堪能したあと、若干、敢えて注文をつけるとすれば・・・

  1. 中国が手に負えなくなるほど強大化するとの見通しは理解できるが、一方で「中国の経済成長はいつまでも続かない、国内に矛盾を抱え、経済がいつクラッシュしてもおかしくない」との見方も根強い。そうなると中国は超・超大国どころではなくなる。共産党支配体制はいつまで続くのか。体制の崩壊、国家の分裂はないのか。そうした点についても、(討議の中で若干触れられているが)踏み込んだ分析が欲しかった。なぜなら、中国の大混乱は日本にとってもうひとつのワースト・ケース・シナリオだからだ。
  2. 中国とアメリカの国力比較について同様である。中国の国力を極大化し、アメリカ衰退のシナリオを描くのはワースト・ケース・シナリオとしてはある程度はやむを得ない。しかし、一方で「中国の軍事力が本当に言われているほど高いレベルにあるのか。米中の軍事力がそれほどまで拮抗しているのか」と見る専門家も多い。その点についてもっと多面的な分析があっても良かった気がする。
ともあれ、類書には見られないユニークな戦略本が出来上がった。

尖閣諸島の国有化問題をめぐって日中関係が緊迫の度を増している今、中国から目を離せない。本書の続編が待ち望まれる。






吉田信三 略歴:早稲田大学卒、フランス留学。読売新聞社で政治記者、ワシントン特派員。米ハーバード大学国際問題研究所研究員を経て、現在、政治アナリスト。 国際安全保障学会会員



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