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中国におけるガバナンス問題と経済発展の持続可能性   (2007.8.2)


株式会社電通
顧問 牛嶋俊一郎

 中国経済は遠からず破綻するという主張はこれまでにも繰り返しなされてきたが1、現実には今に至るまで高成長が続き、中国経済は困難に見える様々な問題を乗り越えて発展を続けることが出来ることを示してきた。従って現時点で経済発展の持続可能性について問題を提起したところで、何をいまさらという印象を持たれるだけかもしれない。筆者自身も従来から安易な崩壊論は取るべきではないと考えてきたし、特に2002年に胡錦濤・温家宝がそれぞれ中国共産党総書記、国務院総理に就任して以来、中国共産党のトップが中国の抱えるさまざまな問題を適切に把握し、より持続可能な方向に中国経済を転換させようとしているように思われたことから、深刻な問題を抱えているにもかかわらず、中国経済はなんとか高成長を続けていくことが出来るだろうと考えていた。


 しかしながら、この数年来、中国共産党中央のトップによって繰り返される的を射た言動2や政府によって打ち出される適切に見える経済政策にもかかわらず、マクロ経済の不均衡は是正されるどころかむしろ拡大しており、中国が政策実行の面で深刻な問題を抱えているのではないかという疑念を強く持つようになった。
本ペーパーは、その疑念は実態のあるものであり、最近のマクロ経済の不均衡の拡大は中国共産党一党独裁に起因するガバナンスの問題がその背景にあるという見方を提示するものである。そうであるとすれば問題は構造的なものであり、拡大する不均衡が自律的には是正されないため、中国経済は遠からず大きな困難に直面する可能性が高いということになる。浅学をも省みず中国の経済発展の持続可能性を考える際の一つの視点を提供できればと思い寄稿させていただいた。ご批判を頂ければ幸いである。


 1 例えば、ゴードン・チャンは「やがて中国の崩壊がはじまる」(栗原百代、服部清美、渡会圭子訳、草思社、2001年)で、中国はWTOへの加盟を契機に崩壊に向かうと示唆したが、むしろその後成長率は高まり、2007年の中国のGDP規模はドイツを抜いて世界第3位になることが確実と見られている。
 2 例えば、最近では本年3月の全人代における温家宝の政府活動報告と記者会見、あるいは胡錦濤によって繰り返されている科学的発展観や和諧社会の考え方。

1.問題提起と本稿のポイント

(問題提起)

 中国の経済社会が所得格差、腐敗、環境汚染等の多くの深刻な問題を抱えていることは周知の事実である。最近では食品その他の中国製品の安全性や、さらには、党の報道統制下にあるマスコミ情報の信憑性にも強い疑念が生じている。こうした深刻な問題は多くの場合、中国共産党一党支配に起因する適切なガバナンスの欠如がその背景の一つにあると考えられる。

 本稿の問題提起は、経済発展の持続可能性を左右するマクロの経済バランスもまた、ガバナンスの問題と密接にかかわっており、現在のガバナンス状況が改善しない場合、中国の経済発展は遠からず大きな困難に直面する可能性が高いということである。

 なお、ここでいうガバナンスの問題とは、(1)中国が共産党一党独裁の国であり、中央、地方の為政者が選挙を通じて民意を反映した形で選ばれる仕組みになっていないこと、(2)中国の広大な国土の中で中央の指示が地方で適切に実施されていないこと、(3)およびその背景として党中央の権力者(党の総書記をはじめとする常務委員)であっても党内基盤を維持するためには共産党員の利益を損なうような政策を実施することが難しいということを指している。従って、経済の健全な発展や国民の幸福の観点からは正しいとしても、党(及び党員)の権益を害するような政策は実行され難いということである3



(本稿のポイント)

 以下に見るように、中国はマクロ経済的なバランス面で明らかに持続可能でない状態に陥っている。しかし中国政府ないし党中央は問題を認識しつつも小出しの政策を取るばかりで、インバランスの拡大を抑えきれていない。この背景としては、二つの可能性が考えられる。一つは、インバランスを本格的に是正しようとすれば中国共産党の党員・幹部が有する既得権益を害することになり、あえて実行すれば胡錦濤あるいは温家宝の党内基盤がゆるぎかねないという事情があるのではないかということである。もう一つは、様々な理由から中国人民の現体制への不満があまりにも強いため、インバランスを本格的に是正しようとして成長が低下し失業が増大すれば、社会保障が整備されていない状況の中で人々の不満が爆発し、一党独裁の基盤が危うくなると党中央が恐れているのではないかということである。


 筆者は上記二つのいずれもが当たっているのではないかと考えている。前者の場合は直接のガバナンスの問題、後者の場合は人民の不満がガバナンス不在のために高まっており必要な政策をとれないでいると言う意味で間接的なガバナンスの問題と言える。もし、本年秋の党大会以降の新しい胡錦濤体制でも不均衡の改善のために必要な政策がとれない状況が続くとすれば、中国経済はガバナンスの問題のために自律的にはマクロのバランスを回復することができず、何らかのきっかけを通じて日本がバブル崩壊後に味わったような困難に直面する可能性が大きいと考える。



・ 党中央首脳の言動と第11次5カ年計画:党中央4は中国経済社会の問題点について十分承知し、是正しようとしているように見える

 胡錦濤・共産党総書記と温家宝・国務院総理は2002年に就任して以来、これからは三農(農村、農業、農民)問題の解決、環境問題の改善、腐敗の撲滅に重点を置き、高度成長の過程で蓄積されてきた経済社会のアンバランスを是正して、より調和の取れた社会(和諧社会)の実現を目指すとしてきた。昨年3月の全人代で採択された第11次5カ年計画(2006−2010)はまさにその方向で取りまとめられており、彼等が人々が感じている現体制に対する不満や中国経済の問題点についてその深刻さも含め十分に認識しており、適切な対策をとろうとしていることがうかがわれる。 また、本年3月の全人代での温家宝の政府活動報告や報告後の記者会見5 でも第11次5ヵ年計画の進捗状況と経済社会の問題点について実に率直に語っている。


(参考) 第11次5カ年計画のポイント
<数値面での2大目標>
  • 経済成長率・・・年平均7.5%
  • 省エネ・環境保全・・・計画期間内にエネルギー消費原単位を20%削減。主要汚染物質の排出総量を10%削減。
<戦略的な重要課題>
  • 社会主義新農村の構築(三農問題の解決)
  • 経済構造調整と成長方式の転換(投資過多の粗放型成長方式を転換し、資源節約型・環境保全型成長を実現)
  • 地域間の調和のとれた発展
  • 自主創造革新能力の増強
  • 改革の深化と開放の拡大
  • 調和の取れた社会構築(社会保障制度の整備、環境保全等)
  • 行政改革、廉潔政治の建設と反腐敗闘争の展開等

 3 ただし、危機的状況が党員全体に認識されるようになった時、強いリーダーシップを持って、党員・党幹部の短期の利益を犠牲にしても党の存続といった長期の利益のための厳しい政策を取れる人物の出現可能性を否定しているわけではない。
 4 党中央という言い方は漠然としているが、党総書記を筆頭に中国共産党の方向を左右するような政策の決定に当たって力を有している常務委員を念頭に置いている。なお、以下では党総書記を初めとする党中央のメンバーの個々の利益の追求およびそれを巡る党内抗争の問題は捨象する。
 5 記者会見の一問一答は、産経新聞中国総局記者福島香織氏の「北京聴聞博客(ぺきんこねたぶろぐ)」に詳細の掲載されている。


・ 中国共産党の行動と中央・地方の関係についての考察

(1)ゴルバチョフの改革の経験と中国共産党一党支配

 共産党一党支配下の経済社会の改革に関しては、共産党一党支配を崩壊させ経済社会を混乱に導く結果に終わったソ連時代のゴルバチョフの改革という先例がある6。中国共産党は共産党一党支配の崩壊と経済社会の混乱を避けるために、ゴルバチョフ改革の経験を反面教師として、1989年の天安門事件以降、国内の政治的な自由化を前進させることを止めてしまった。その結果は、一党独裁の下での政治的自由のない経済的自由化(改革開放)の推進であり、その過程で許認可や予算も含めた行政の執行権限を有する政府=共産党幹部が際限のない利得の機会を得ることになった。改革開放と一党独裁の組み合わせは中国共産党にとっては大成功のビジネスモデルであり、うまく行っている限りは、これを変更するインセンティブは中国共産党の中からは出てこない。ただし、党員、特に党幹部にとってはいい仕組みではあっても、一党独裁が民意を反映するガバナンスのメカニズムを欠いているが故に、中国の経済社会の中に大変深刻な問題をもたらしていることも事実である。2005年の一年間だけで8万件を超える抗議行動があると報じられているように、広く国民の間に様々な不満が強まっていることから、その不満をできるだけ抑えていくことが、一党独裁の維持にとってますます重要な課題になっているようである。



(2)中国共産党一党独裁下での中央と地方の関係

 地方の実情を明らかにした各種の文献7やネットで流される情報等から判断すれば、省−地区(市)−県−郷・鎮と末端に行くほど中央からの監視も弱く、マスコミの目も届かないところから、多くの地方党幹部が人々の生活や自然環境を無視して(いわば何の制約もなしに)党及び自らの利益最大化を図っているように思われる。選挙による為政者の交代という民衆の声を政策へ反映させるメカニズムがなく、行政組織はもちろんのこと武装警察や地方レベルの裁判所まで自らの支配下に納めている地方の共産党はその地方ではいわばオールマイティであるということであろう。


 こういう状況の中で、一党独裁の維持のために国民の不満を緩和する役割は明らかに中央が担っている。現在の中国共産党中央と地方の関係について次のように考えてみると、中国で起こっているガバナンス問題がよく理解できるように思う8

  1. 現在の中国共産党中央は国を統治するに当たって、国力の増大と一党独裁の維持を第1の目標にしている。
  2. 一方で地方の党組織は、地域の住民ではなく、自ら(ないしは特定の党員)の利益を最大化するよう行動している。そのことが住民にとっては不当な土地の強制収用等の生活破壊を生み、多くの抗議行動の元になっている。
  3. こういう状況の中で、一党独裁の基盤が崩れないように、党中央は第11次5ヵ年計画に盛り込んだ諸課題を提起することにより、地方の党組織・幹部による私利追求の暴走を抑えようとしている。つまり何の制約もなく私利を追及している地方の党組織・幹部に対して、党全体の観点から中国における一党独裁を維持していくための制約条件を課しているわけである。
  4. 党中央は検察等による汚職の摘発や党幹部の昇進にあたっての業績評価等を通じて地方の党組織・幹部が中央の政策に従うように誘導しているが、中国全土の広範にわたる地域で(郷・鎮の数は約4万3千)既得権益を持った共産党員の利益追求行動をコントロールすることは困難である。事実、地方の党員・幹部は中央に対して面従腹背の傾向が強いといわれており9、なかなか党中央の方針が地方に徹底していない。
  5. 一方、あまりに制約条件をきつくし地方の幹部の私利の追求を抑えすぎると、そうした政策を進めている責任者への不満が強まる。その責任者に強いリーダーシップとカリスマ性が欠如している場合、中央での支持基盤を維持できなくなる可能性があるので、あまり強く利益追求行動を抑えにくい。
  6. 更に党中央自体が経済成長を抑えることに対して腰が引けている感じも見られる。すなわち中国経済の高成長は中央、地方を問わず党の利益と一致する。党中央にとって、成長は人々の不満を押さえると同時に中国を軍事大国にし、世界で主要なプレーヤーとして振舞うことを可能にする。地方を支配している党員にとっては、成長は様々な収入の源を提供する。国民や党員が納得できるよほどの理由がない限り、そのようなメリットのある経済成長を抑えて、国民と党員の不満を高める選択は取りにくいのかもしれない。

 6 ゴルバチョフは様々な大改革を実行したが、一つ言えることは、彼の改革の目的は行き詰ったソ連共産党による支配の継続であったということである。共産党の内部の昇進メカニズムの中で書記長まで上りつめた人物が共産党の決定的な不利益になるような選択を行えるとは考えにくい。最後の局面でゴルバチョフは共産党支配の崩壊につながるような経済改革案(シャターリン等の「500日計画」)の採用を拒否した(マーティン・メリア「ソビエトの悲劇下巻」白須栄子訳、草思社、1997年)。
 7 例えば、陳桂棣・春桃(2004)、「中国農民調査」(納村公子・椙田 雅美訳、文芸春秋、2005年)。
 8 以下は筆者の推測もかなり入っており、事実関係についてコメント等していただくとありがたい。
 9 このことを表す「上に政策あれば下に対策あり」という言葉があるようである


・ 中国の共産党の行動に関する上記の考察を裏づける最近の状況

(1)ガバナンス問題の事例としての環境改善目標の未達成

 上記で考察した中央・地方の関係構造は、第11次5ヵ年計画の初年度に当たる2006年における環境の数値目標の未達成によく現れている。環境の数値目標は中国におけるエネルギー・環境問題の深刻10さ を反映して第11次5ヵ年計画ではじめて設定されたものであるが、政府・党中央の意気込みとは裏腹に初年度である2006年に設定した数値目標を達成できなかった:


<2006年の環境目標と実績>
目標 実績
GDP単位当たりエネルギー消費 2%減 1.2%減
SO2排出量 2%減 1.8%増
化学的酸素要求量 2%減 1.2%増

 しかも2007年には、明らかに達成できなかった時の責任問題を回避するためもあって、環境の数値目標を掲げることを止めた。このことからわかるように、地方の党・政府は環境よりも成長を選択したのである。党中央はその政策意図を地方の政策に十分反映させることが出来ないでいるばかりか、あえて強い手段を講じて反映させようともしていない。



(2)マクロの経済不均衡とガバナンスの問題

 環境と同様の事例は、マクロの経済不均衡の是正に関しても見られるが、このことが経済発展の持続可能性にとっては大きな問題であると考える11



1.固定投資の抑制の失敗と過剰投資の継続

 中国の固定資本形成のGDP比は統計によって違いはあるが40〜50%に達している。この比率は高度成長期の日本と比べても高い数字であり、様々な分野の過剰生産能力と輸出圧力の強まりに結びついていると考えられている。しかも、投資の質については非効率な投資がかなりあると見られ、資本係数もこのところ上昇を続けている12。中国政府は、こうした過熱気味な投資抑制のため2003年半ば以降、不動産融資規制、金利引き上げ、鉄鋼、アルミ、セメント、自動車等一部過熱分野における投資抑制策を実施してきた。しかしながら、投資抑制効果は限られたものに止まり、2003年以降も固定資本投資は毎年25%前後の大幅な伸びを続けている。

 

 温家宝自身が様々な機会に投資は過剰(粗放)で抑制しなければならないと発言し、人民銀行も投資抑制の政策を行ってきてはいるが、結局、金利の大幅引き上げやより強烈な貸出規制等の効果のある強い政策をとることができず、投資の勢いは若干減じはしたものの依然として強い伸びを続けている。この背景には明らかに地方の党・政府の成長指向があり、中央があまり強い形でこれを抑えることが出来ないでいるためであると考えられる13


固定資本形成/GDP比率の推移
出所:内閣府「海外経済データ」


2.人民元の大幅切り上げ回避と輸出急増・経常収支黒字拡大

 大幅な経常収支黒字にもかかわらず、中国はアメリカ等からの人民元大幅切上げ要求を退け、対ドルレートでの漸進的な切り上げを選択している。(本年前半までの過去2年間の間に年率3%強のペースで切り上げ。ドルの対ユーロ安から実質元レートは過去2年間で若干の低下。なお、本年春以降は年率5%程度の切り上げペースに変更した模様。)結果として輸出はドルベースで前年比3割以上の増加を続け(特にヨーロッパ向けが急増)、経常収支黒字は2006年でGDP比9.5%に達し、2007年には10%を超えることになりそうである。また、外貨準備高は本年6月末で前年同期比41.6%増、金額で1兆3000億ドルを超えた。こうしたことを背景に、最近アメリカからの切り上げ要求は強まっており、EUも元切上げ要求の声をあげ始めている。党中央は人民元切上げの輸出産業への打撃とそれによる成長と雇用への影響に気を使っているようであり、地方の党員・幹部の不満が高まることと国民の間の不満が高まることを恐れて、強い決意でバランスの改善に取組むことが出来ていない。



     中国の外貨準備、経常収支黒字、人民元レート
出所:内閣府「海外経済データ」および新聞報道



3.低金利政策の継続と過剰流動性がもたらしている資産市場のバブル的状況

 過熱気味の経済状況の中で中国金融当局は金融引き締めを行っているが、名目で15%前後、実質10%超で成長している経済としては預金金利、貸出金利ともに超低金利である。このところ数度にわたって引き上げられたが、7月末時点で預金金利は3.33%と実質ではマイナスであり、貸出基準金利は6.84%に止まっている。また、国際収支の大幅黒字がもたらすハイパワードマネーの大量供給は中国の金融・資本市場に金余り状況(過剰流動性)をもたらしている。この低金利と過剰流動性が、先に述べた過剰固定投資とともに最近の中国株の高騰に大きく寄与していることは明らかである。こうした状況の中では一般の市場経済の国であれば、過熱気味の経済の中でより大幅な金利引き上げが行われるべき状況にあるが、金融抑制はもっぱら預金準備率の引き上げと窓口指導で行っている。様々な思惑から金利の引き上げが非常に小幅なものにとどまっているが、この思惑の中には、人民元の急激な切上げの回避と金利を大幅に引き上げることに対する地方の党・幹部からの反発が含まれていることが容易に想像されるほか、成長率を下げたくないという党中央の願望も反映されているのかもしれない。この状況が今後長引けば、中国経済が抱える矛盾がますます大きくなり、調整のコストが非常に高いものになる可能性がある。
 また、株式市場への個人投資家の参加が大幅に増えていることから14、株価の上昇をこのまま放置しておくと、暴落した場合の政治的リスクがますます大きくなろう。中国政府もこの点は認識しているようで、5月末には株式取引の印紙税率を引き上げ、6月末には新設される外貨準備の運用会社に2千億ドルの拠出(同額の人民元を市場から吸収)を決定し、さらに7月初旬には、銀行から設備投資向けなどで借り入れた資金を株式投資へ流用するケースが横行していることから、上場企業に対して決算発表時に株式への投資状況の開示を義務付けた。また、利子所得にかかる源泉徴収税率を8月15日付けで20%から5%に引き下げることを決定した。こうした措置を受けて株価は一時的に停滞したが、上昇の勢いをとめるにはいたらず、7月末の時点ではまた増勢を取り戻したように見える。株式市場が堅調な間に銀行預金から資金の流出を止めるには、おそらく預金金利の思い切った引き上げを行う他はないのではないかと思われる。



    中国の預金金利、貸出金利、預金準備率
出所:内閣府「海外経済データ」および新聞報道
    

    上海A株指数
出所:内閣府「海外経済データ」および新聞報道
    


 10 環境問題の深刻さを示す事例には事欠かないが、例えば、 2006年3月の米フォーブス紙によれば、世界の最も公害に汚染された都市のトップ10は全て中国の都市であり、山西省、河南省、河北省など内陸部の都市が多く含まれている。また、2007年7月3日のFTによれば、本年世銀が作成したレポートは中国で毎年、大気汚染等のため75万人が死亡していると指摘していたとのこと。ただし、社会不安を心配する中国政府の圧力によりこの部分はレポートから削除されたとのこと。
 11 環境が経済の持続的発展にとって問題でないと言っているわけではない。より長期をとれば環境が重要問題であることは当然である。
 12 内閣府「2006年秋 世界経済の潮流」P59〜P61参照。固定資本のGDP比÷成長率という簡易な方法で限界資本係数を計算すると、この数年は、使用する統計によって異なるが、4から5という数値になる。いずれにせよ高度成長時代の日本や韓国の3前後と比べてかなり高い。なお、先進国の場合、平均資本係数はおおむね2から3の間である。
 13 全社会固定資本投資のうち約9割が地方政府主導のプロジェクトであり、約8割が都市部の固定資本投資であり(農村部の投資不足)、約7割が国有企業の投資である(経済産業省「2006年度版通商白書」)。従って、固定資本投資のほとんどは地方政府(地方の党組織・幹部)が強く関与しており、その影響下にある地方の銀行ないし国有銀行の地方支部は融資要請を拒否できない状況にあることは容易に想像される。
 14 今年に入ってから5月末までの新規取引口座開設数は2170万口座で前年同期の約10倍。 取引口座数は5月末で1億を突破。個人の銀行預金残高は昨年末以来連続して減少。

・ マクロの経済不均衡と今後起こりうる経済調整

 上記のマクロの経済不均衡については、最近の諸指標の推移から判断するとその不均衡の度合いが明らかに増大しており、これまで大丈夫だったからこれからも大丈夫とは断言できない。もちろん今後、党中央としてもより強力な対策を講じる可能性はあるが、これまで論じてきたようなガバナンスの問題から、党中央としては対策を講じる意思はあっても実行できない状況にあるとすれば、今後とも不均衡が拡大ないし持ち越され、何らかのきっかけで経済が調整局面に入る可能性は否定できない。


 従来から中国の雇用問題を深刻化させないためには7%程度の成長が必要とされてきた。失業の増加や農村部での所得低下が社会不安につながるという懸念もあって、中国の党中央/政府は人民元の大幅切上げや思い切った投資抑制策を取れないでいるという側面もあるわけであるが、調整局面に入った場合、社会の安定にとってクリティカルと考えられている上記の数字を大きく下回るような成長率が続くこともありえよう。


 ただし、どのようなタイミングでどのような調整が起こるのかを具体的に予想することは筆者の能力を超えるので、以下では起こりうるいくつかの可能性について簡単に言及するにとどめたい。



(1)過剰投資の調整
1)過剰投資調整のきっかけとなりうること

 過剰投資の調整が起こるとすれば、次の三つはそのきっかけになりうるものであろう:

  1. 毎年30%程度伸びていた輸出伸び率が大幅に低下すること。輸出の伸び率の大幅低下は、欧米諸国の輸出抑制圧力が何らかの形で具体化することで起こりうるし、人民元の大幅切上げでも起こりうる。人民元に関しては、次のような状況も考えうる:現在の状況が続けば拡大する経常収支黒字に加えて、人民元先高を見越した様々なルートを通じた資金流入により外貨準備がさらに膨張し、国内の過剰流動性状況が更に深刻化して資産バブルの状況を悪化させるかもしれないし、本格的なインフレ状況に突入するかもしれない15。そうなれば中国政府自身が大幅な切上げに踏み切らざるを得ないかもしれない。また仮に大幅な引き上げを回避した場合にはインフレを通じた実質為替レートの上昇と言う形で貿易に影響が及ぶことになろう。
  2. 上記で人民元に関して述べたような理由からインフレが起こり、金利の大幅引き上げを含む本格的な金融引き締めを余儀なくされること
  3. 投資の伸びすぎで供給過剰になり、投資調整が起こること。現在の投資水準が潜在的にどの程度の供給力の伸びにつながっているか定かではないが、内閣府「2006年秋 世界経済の潮流」P60の試算によれば10%を大幅に上回る成長率でなければ整合的でないペースで投資が行われており、早晩、マクロ経済全体で見ても大幅な資本ストック過剰の状態に陥る可能性も否定できない

2)過剰投資の調整が起こったときの影響
  1. 日本のような通常の市場経済であれば、いったん投資が調整局面にはいると、出発点での山の高さに応じて落ち込みはかなり大きくなる可能性がある(加速度・乗数効果として理解されている)。中国の場合は投資主体である多くの企業と資金の出し手の銀行のほとんどが国有企業ないし集団所有企業であることから、資本の論理が働く程度は通常の市場経済の国よりも小さいかもしれない。しかい、地方政府の圧力がかかるとはいえ株式会社になって上場した銀行が、回収の見込みのない新規貸出しをいつまでも実行し続けるとは考えにくく、また、市場経済化が進んだ現在の中国市場で企業側としても売れないとわかっているものを作るための投資をいつまでも続けることはできないと思われるので、投資はそれなりに落ち込むものと予想される。そうなれば、投資の減少が更なる投資の減少を呼ぶと言うメカニズムも働くことになろう。
  2. 投資の減少が投資の減少を呼ぶと言うことになれば、経済はかなり停滞し企業業績は大幅に悪化することになろう。不良債権もかなり発生するものと思われるが、銀行部門へのダメージがどの程度深刻なものになるかは事前に予想することは難しい。現在、4大国有商業銀行のうち3つの銀行に外資が出資しているが、不良債権問題が発生した時の中国当局および外資の反応が注目される(かって行ったように、公的資金投入や不良債権買い上げ等により影響を最小限に食い止めるといった措置が取られる可能性もある)。
  3. これまで行われてきた投資の中には、非効率な小規模な投資もかなり含まれていると見られることから、市況の悪化が企業倒産をもたらすこともあると見られる(あるいは倒産を避けるための何らかの支援が入るのかもしれない)。

(2)対外バランスの調整

 2006年の経常収支黒字はGDP比9.5%に達し、これに加えて直接投資の受け入れがGDPの2.5%程度あった。さらには、人民元高を見込んだいわゆるリーズ・アンド・ラッグズ等の様々な形を取った資金の流入があり、2006年には全体合わせるとネットでGDPの15%前後の外貨の流入があったものと思われる。2007年には経常収支黒字がGDP比10%を超えると見込まれること、人民元の先高感がさらに強まることなどから、こうした外貨の流入はさらに増加すると考えられる。政府は人民元レートを安定させるためにそれらの外貨のほとんどを買い上げて外貨準備として蓄積していることから、外貨準備の増加ペースはここ数年の年2000億ドル程度から本年6月までの1年間では4000億ドル程度に加速した。これらは全て国内のハイパワードマネーの増加につながっているわけである。こうした外貨の流入の国内への影響を緩和するために、国内市場で債権を発行して過剰流動性を吸収し、それによって得た資金で外貨準備の中から2000億ドル(約24兆円)を調達して外国資産を運用するという基金の創設が最近決定されたが、現在のペースで外貨の流入が続けば、国内への過剰流動性対策として、2007年8月現在で12%にもなっている銀行の預金準備率の一層の引き上げ、ないし、かなりの規模の基金の増設が必要であるということになる。巨大な公設の投資基金が株式の大量購入を行うようになると様々な問題が起こる可能性もある。


 対外バランス調整が起こる一つの可能性としては、上記(1)1)1.で述べたようなきっかけによる輸出の伸びの大幅低下が考えられる。あまり議論はされていないようであるが、名目での人民元の大幅切上げの回避がインフレを通じて実質レートの大幅切上げにつながる可能性には注意しておく必要がある(現在ロシアで起こっている事態である)。対外バランス調整が起こった時の影響としては、上述した過剰投資調整が起こった時の影響に関する議論がほぼ当てはまろう。


(3)株式市場の調整

 中国市場の株価は特に2006年に入ってから高騰を示しているが、その背景としては先に述べた低水準の預金金利と過剰流動性状況に加えて、中国工商銀行などの大型IPOが成功裏に行われ、株式市場が資産の運用先として注目を集めたことがある。個人の場合には、これまでその貯蓄はほとんどが銀行預金として保有され、しかもその金利が非常に低く抑えられていることから、いったん株価の上昇が続き高い収益が見込まれるようになると巨額の個人資金が株式市場へ流れ込んだわけである。


 一方で、2005年の半ば頃まで株価は長期にわたり低迷していたが、それをもたらしていた株式市場の脆弱な基盤が短期間の間に大幅に改善されたとはとても考えにくい。発行株式数の約2/3にあたる大量の非流通株16が依然として政府によって(つまり共産党幹部の影響下にある状態で)保有され、適切なガバナンスが保障されていないという状況は変わっていないし、様々な法制度の整備が行われたものの、法治ではなく人治の色彩の強い社会で、実際の企業行動および末端の行政、司法の行動・判断の変更につながるかどうかは不明である。仮につながるとしても相当な時間を要するであろう。つまり、過去2年ほどの間に4倍近く上昇したほどの株価の高騰が株式市場が正常に機能するようになった結果であるとは考えにくいわけであり、PERが正常の範囲を超えて高まっている状況で、何らかのきっかけで株価の急落が起こることは十分にありうることである。

 株式市場の調整(株価の暴落)が起こった場合の影響については、流通株式の保有主体等についての情報がなく評価は困難であるが、少なくとも1億人を超える個人株主が大きな損失をこうむることは確かであり、社会的な混乱を招く可能性は捨てきれない。


 15 そうした状態になって、国内の流動性を吸い上げるために先般導入された外貨準備を使った株式等を中心とする海外投資ファンドの規模を更に増やせば、運用しだいでは、安い人民元で稼いだ外貨で不当に世界の優良企業の株を買いあさっているとの中国批判を招きかねない。
 16 中国の株式市場では、上場企業の株式のうち市場で流通しているのは全体の1/3に過ぎず、残りの2/3は非流通株でその多くを政府、および持ち株会社の国有企業が保有している。このため、一般株主の利益が十分に尊重されない、政府(党)による企業経営への介入が見られるなどの問題も見られた。

(おわりに)

 中国共産党一党独裁に起因するガバナンスの問題があるといっても、中国経済の発展というより重要な基本目的のために党の短期的な利益を犠牲にしても必要な政策を実施するということが出来ないわけではないであろう。過去、ケ小平や朱鎔基といった指導者は党内の反発を抑えて中国経済の発展にとって必要な政策を実施してきた。筆者は一党独裁を支持するものではなく、最終的には政治の民主化がなければ本当の意味での持続的発展は実現しないと考えるが、中国経済が大きく落ち込むようなことになれば、日本のみならず世界にとっても大変な影響及ぶことになる。中国は基本的にはまだまだ高成長経済であるから、政策さえ適切に実施されれば、構造調整は低成長経済よりもスムーズに行われうるはずである。筆者としては、中国首脳部が調整コストの低い早い時期に党内の反発を抑えてマクロのインバランスを本格的に是正する政策に踏み切ることに期待する。

KAJIMA INSTITUTE of INTERNATIONAL PEACE