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東日本大震災と今後の日本              2011.4.2

鹿島平和研究所理事
福山大学客員教授
元在ペルー大使
元在ノルウェー大使
妹尾正毅


  先般の大震災の衝撃は大きい。これからの日本のことはこれを抜きにしては語れない。 夫々に思うことはあろうが、私はこの打撃を克服して21世紀の日本に相応しい国家の 再建を実現するとの観点から、身近な幾つかの点を指摘するとともに、日本政府のイニシ ャティーブで、日本の経験を各国と分かち合い各国間でこれを踏まえつつ原子力発電等今後の世界の在り方を検討する国際会議を、一年以内に本邦で開催することを提案したい。

  私が第一に指摘したいのは、安全対策の重要性である。それはかって私が外務本省で在外邦人の安全問題を担当し、更にテロ事件の頻発する国に大使として勤務していた当時に痛感したことでもあった。目に見えない危険に対する予防策たる安全対策は企業等でも後回しになりがちであり、狙われたら最後なので何もしない方が良いと云う人までいた。
 だがテロや誘拐事件は、多くの場合、起きたら終わりであり、対策の失敗は一度たりとも許されない。そして失敗が許されない点では、地震・津波も原子力発電所も同じにみえる。今回の地震が福島の原子力発電所の建設時の想定を大きく上回る千年に一度の例外的大地震、大津波であったことは不運としか言いようがないが、その対価がはかり知れない点ではテロ誘拐事件と変りない。それどころか、テロ誘拐事件等は十分な対策を講じれば防止出来ることが多いが、地震や津波は起ること自体も止められないし、予測も殆ど不可能である。それなら尚更安全対策の徹底を図るべきということになろう。多額の出費を要するという場合でも被害発生時の損害を上回ることになり得ようか。出費を抑えたいと云うのなら、候補地、更には建設自体を再検討すべきと云うことになるのではないか。
  それに、今回の東日本大震災では、地震や津波の発生から2、3週間経っても、原子力発電所の放射能漏洩事故自体が未だに解決せず、今後の見通しも判然としない状態が続き、それが国内、更には国外の不安感まで煽っている。その上、米国紙はこの2月に福島原発の設備の老朽化が指摘されながら関係者間の慣れ合いで操業の延長が許可されていたと報じているが、本当なのだろうか。いずれにせよ、先ず行うべきことの一つは、危機管理の観点から今回の災害を見直し、日本の原子力発電の将来について考えることではないか。 
 以上の次第は言うまでもない後付けの指摘のようなものだが、今となっては、とに角、全力を傾注して当面の危険除去と救済措置を進めるとともに、全国の防御体制をチェックして可能な限り速やかに所要の強化改善措置を講じて欲しい。津波で東京の地下鉄、地下街等が浸水する可能性は少ないとの専門家の意見もあるが、その点も再検討して欲しい。
  第二に、この際危機管理的発想で見直しを要するのは地震対策だけではない。本来今回 の地震とは関係がない処で、第二次世界大戦に至る日本と現在の日本に共通する気懸りな点がある。これらを大災害対策とは別の重要な問題として真剣に考えて欲しい。
 それは王道は持続可能な社会の建設という長期的な観点から何が重要で優先度が高いかを考え、それを織り込んだ施策を進めて行くことである。それは当然のことのようながら、我々は兎角目先のことに気を取られ、早目早目の対応を要することが先送りされてしまいがちだと云うこと、具体的には、従来この欄でも指摘して来た通り、少子高齢化社会への対応、肥大化する財政赤字と国策の在り方、国際的に通用する人材育成等のことであり、これらは重要な施策として、それに相応しい優先度を置いた対応をすべき処、国として一向にそう云う様子が見られず、その点は大災害前も現在も変りないと云うことである。


  - 注 -
  1. 少子高齢化問題 「少子高齢化する日本には先細りしかない。それが分っているのに、何故、仏や北欧のような対策、改善策を講じないのか、それが理解できない。」と云うのは先日訪日の際の米国の著名な人口学者Paul Demeny氏の言葉であるが、全くその通りである。日本人は未だ問題に深刻さの度合いを理解していないか、施策の成功を諦めるのが早過ぎるのではないか。但し、その対応には全国的な啓発、改革努力が必要となる。
  2. 財政赤字問題 日本が世界一の債権国であり、日本人の保有資産価格が財政赤字の累積額を上回る限り財政破綻はないと断言出来るのか。また世代間の衡平の問題としても放置出来ないのではないか。こういう事態が、国内でも将来に対する不安感を煽り、消費を抑制させ、成長の内在的制約要因ともなっているのではないか。
  3. 国際的に通用する人材養成 グローバル化は物、金、人、と進んでいる。21世紀の特徴は人の移動の時代と云うことであり、それに即した人材の育成が重要な課題となる。最近の日本は内向き傾向が進み国際的に通用する人材の養成には一層の工夫が必要となる。私は英国のように小学校程度の段階から国際交流に興味を持つよう外国に姉妹校を作ったりして国際交流を進めるべきと思っており、その旨を機会があるごとに指摘して来た。  今回の大震災で、我々は世界中の人々が日本と日本人に心から同情していること、また日本各地の被害や原子力発電所の事故は世界中に思わぬ影響を与え得ることを、身に浸みて知ることとなった。これが日本の若者達の心と行動をもっと世界に向けさせる契機となって呉れることを願っている。


  第三に、国難に当っては小異を捨てて大同を目指し、国民の力を結集して最善の選択の実現を期すことである。それは当然のこと、だが昨今の日本ではそれが無視されている。
 政治の世界では、経験も乏しく見識も定かでない、しかも米国のように優れた専門家集団を擁している訳でもない政治家が、政治主導の名の下に、官僚を排除した思い付き的な行政を行うことが半ば当然視され、受け入れられ始めていないか。
  だが、今回の事件への対応一つを取っても、経験に富む専門家たる官僚を排除することが如何に国益に反するか、国民不在の行き方となるかを感じ取ることが出来る筈である。そろそろ官僚悪人、政治家救世主説の虚構から脱却し、国を挙げて最善の選択を追求すべき時ではないか。政治家の間でも国民不在の政争が続き過ぎないか。かって英国等では二大政党制が存在しない日本は民主主義国ではない等という論調が見られたが、そもそも、国民の51%のために49%の意見を無視するような仕組みや行き方が唯一の正しい選択なのだろうか。多数決を基本とする国連でも異なる意見の間の妥協を図る努力が最大限に行われている。ねじれ国会が定着したかに見える日本でも、この機会に、異なる政党間で、その歩み寄りにより、もっと国民に資する政治を実現することを真剣に考えるべきであり、またその為の方策を探求し、出来ればその具体的メカニズムを案出して欲しいと思う。

  第四に、常に国際的視点の重要性を忘れないことである。今回の災害において諸外国の示した日本と日本国民に対する同情、称賛、支援の声と姿勢も一時の気まぐれではなく、これまでの我が国官民による国際交流の積み上げの成果とも見るべきであろう。
  同時に、その意味では、今回米英紙等において日本側の情報隠し情報操作といった批判が見られたことは遺憾である。在日各国公館機能の東京から大阪等への移動や、欧州等外国メディアによる危機感を煽るような福島原発関連の報道振りの継続にも違和感を感じる。

  だが、その背景には異なる関係機関の代表がばらばらに、自信なげ或は調整不足で見通し等のはっきりしない会見を行ったりしていることが、実際以上の不安と危険性を在日或は海外の外国人に印象付ける結果を招いているのかもしれない。日本列島沈没の印象を与え過ぎるのも如何かと思われ、今後とも内外無差別の詳細かつ正確な情報の提供に心掛けるとともに、外国のプレスに対する説明等に工夫の余地はないかを考えて欲しい。
  また、米、仏を始めとする外国からの協力支援の申し入れについては、総じて出来るだけ積極的に対応して行くべきであろう。IAEAとの協力についても、本件が今や日本だけの問題ではなく、国際的な問題であると云う点からも、また客観的な第三者、証人の参加を確保しておくと云う意味でも、もっと早く実現しておけば一層有益だったかもしれない。
  いずれにせよ、そう云った国際的な行き違いを一掃し、全世界的な観点から真摯な姿勢で本件に対処して行くと云う点からも、冒頭で述べたように、折を見て日本で国際会議を開催し、諸外国の同情と支援に感謝するとともに、地震と津波、そし福島原発の事故の実態とそれへの対応を詳細かつ率直に紹介し、各国の参考に供して貰ってはどうかと思う。
  その際に被災地等も訪問し、日本への観光や留学を恐れたり、日本品の輸入を避けたりする必要がないことを実感して貰えれば尚更であろう。今後の事態の推移如何にもよるので、それを見守りつつ、検討して欲しい。
  また、グローバル化と地域協力の潮流は今回の大震災とは係わりなく今後も続いて行く。日本への中印伯を始めとする新興諸国、近隣諸国の期待も大きかった筈である。
  今回の大災害にプラスの側面があったとすれば、それは我々に日本は世界の孤立した島国ではなく、良い意味でも悪い意味でも日本は世界と共にある、それしかない、と云うことであろう。国際交流とその為の人材育成の重要性は今後益々増大することになる筈である。多くの若者が広く世界に目を向け、積極的貢献を目指して呉れることを祈っている。



KAJIMA INSTITUTE of INTERNATIONAL PEACE