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「中国的特色を持つ資本主義」(黄業生著)について      (2010.08.25)

鹿島平和研究所理事
元在中国大使
國廣道彦

 私がこの本を購読したのは、6月19日付けThe Wall Street Journalに掲載された同著者の”Chinomics: The Fallacy of the Beijing Consensus”と題する論文(平泉会長の紹介による)に深い関心を抱いたからである。

 著者(Yasheng Huang)はMIT Sloan Schoolの教授である。中国大陸の出身であるが、現職の前にthe University of Michigan及び the Harvard Business Schoolで教職にあり、世銀コンサルタントも勤めた由である。これだけ鋭い客観的批判力をもつ中国人の学者には初めて遭遇した思いである。

 WSJの論文の主旨は、中国の高度成長は「北京コンセンサス」を魔術であるかのごとく言う説は誤りで、今後の中国経済はいかに上手く個人所得の増加を促し、同時に国の借金体質を薄めていくかにかかっていると言うものである。また、中国の高度成長は強力な一党独裁、投資配分の非効率、高い債務レベルという、1965年から10年間のブラジルと同様の要素を持っているという指摘もしている。

 この本における著者の主たる論点は、中国の資本主義は1980年代の農村で発達した。それが1990年代には農村を犠牲にしての大都市開発政策が推進され、改革は逆行したということである。趙紫陽時代には農村の経営力を生かして、農民の所得も増えたが、天安も事件前後、江沢民時代は権力と資金を中央に集中して、地方は過酷な差別を受けて疲弊した。胡錦濤・温家宝時代になって、個人所得の増加、農村の救済、社会福祉の拡充が提唱されてきており、その進展が期待されるが、今までのところ政策目標は変わったが、政策アプローチはトップダウンであまり換わっていないと見る。
 著者は中国の資本主義は「組織的な腐敗と露骨な政治権力の上に築かれた仲間内資本主義(crony capitalism)だと表現する(p236)。
 中国のGDP成長率は、一人当たりGDPも含め確かに著しいが、これを国民所得の側から見ると、GDPに対する個人所得の比率は1980年代に比べて、90年代はかなり落ちている。GDPに対する労賃の比率も80年代には増加していたが、90年代には低下した。それを反映して、2000年から05年にかけて文盲率が上がった。医療・福祉も悪化した。上海が90年代の政治と政策決定を支配した。上海、北京等の高層ビル建築のコストを担ったのは農村であった。都会重視、国の強硬な介入、投資依存成長政策、外資優遇の偏向自由主義が上海モデルを構成した。
 地方の個人所得について言えば、1978から88年までの間は年率12.2%増加した。それが、1989年から2001年にかけては僅か3.8%に落ち、2002年以降の胡・温体制の下では5.5%に回復している。
 地方の個人所得について言えば、1978から88年までの間は年率12.2%増加した。それが、1989年から2001年にかけては僅か3.8%に落ち、2002年以降の胡・温体制の下では5.5%に回復している。
 中国経済の将来についての著者の憂慮は全要素生産性(TFP)が低下傾向にあることである。一つの調査では1978年から95年の間にTFPが年率3.6%増加したのに対し、1995年から2001年の間には0.32%にとどまった。
 中国の経済発展を否定するものではないが、持続的に成長するにはリスクが生じつつある。30年間の高度成長にもかかわらず、45%の人口が一日2ドルの貧困線以下の生活をしている。胡錦濤は個人所得がGDP成長率と上回らなければならないと強調している。そこで、農村問題が優先課題となる。彼は農業税を全廃し、農村の教育費を免除し、基礎的健康保険制度を2010年までに農村人口全部に適用すると発表した。改革開放30周年(2008年)を迎えて、中国経済はかなりの不安提起に入っている。2005年から07年の間に株価指数は1000から6000に急騰し、半年のうちに50%下落した。今や株主が1億人いて、情報隔離は不可能になっている。インフレの恐れも高まりつつある(2008年の状態)。また中国経済はエネルギー浪費型に急速に変わっている。新しい労働法も経営者には負担になる。大量の汚染、腐敗、資本の非効率的使用、土地の強奪等々の今日の中国経済の慢性的問題は実質のある制度改革、特に政治的ガバナンスの改革なくしては解決できない。問題は政治改革によって人民に力を与えるかどうかである。
 なお、著者はインドの経済発展に注目し、インドがより少ない投資で中国に近い経済成長率をと出ていることを指摘し、資金を食うハード・インフラより比較的カネのかからないソフト・インフラ(法の支配、機能的金融制度)を整備したことが今後の経済発展により役立つと評価している。

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