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『外交の敗北』の読後感                      (2006.7.28)

鹿島平和研究所評議員
元在中国大使
國廣道彦

 重村氏とは研究会で一緒だったことがあるが、彼がまじめなジャーナリストであることは疑いない。これまで読んだ彼の著書からも、朝鮮版等問題についての彼の知識の豊富さは印象深い。この本もこれまで意識していなかった情報をいろいろ提供してくれる。
 この本のテーマとして日本の「外交の敗北」を取り上げている以上、若干のコメントをしたくなる。
 まず、国会対策的手法が「外交の敗北」をもたらしたと言う点は賛成である。その第一の原因が多くの政治家にある(p245)と言うのも賛成である。しかし、外務省もそれに組したと言う見方には必ずしも賛成できない。外務省が政治家の圧力に十分抵抗せず、その要求に従った事例があることは否定できない。しかし、外務省は一部政治家の動きに乗ることを対北朝鮮政策としていたのではない。彼らの手法でまともな国交正常化を実現することは出来ないと考えていたはずである。とは言え、議員外交の弊害をここまで厳しく批判してくれたことには感謝すべきである。

 次に、北朝鮮側の工作員と交渉して成功するはずがないという主張にも同感である。しかし、工作員は目的のためには手段を選ばず、平気でうそを言うが、外交官はそうではないという説明には同意しかねる。外交官はうそを言うと仕事にならないと言うのは一般論としては妥当するにしても、北朝鮮の外交官には期待できないと思う。著者自身も北朝鮮の外交官に「国益のためにはうそを言ってもかまわない」と言われたと述べている。わが国は北朝鮮と外交関係を持っていないのだから、いつも外交官と接触できるわけではない。北京の大使館と接触しても、形式的な連絡以上のことは出来なかった。彼らは新聞記者を利用しようとするときは話し合いに応じるのであろうが、日本の外交官に対して話し合いなどする姿勢は全くない。従って外務省が外交チャネル以外のルートをも使ってコミュニケーションを図ることがあってもそのこと自身を非難すべきでない。要は所要の注意を怠らないことである。
 第3に、外務省が拉致問題に対して冷たかったと言うことも過去に関しては否定できない。しかし、最近では「拉致問題の解決なしには国交正常化はありえない」という総理の考えを十分に体して交渉に望んでいる。他方、どこまで解決すれば拉致問題は解決したというのかは難しい問題である。目下のところ拉致も書くもと言っていればよいが、仮に核問題についての6者協議がうまく進展する場合、中国のみならず米国も日本に国交正常化の促進を迫ってくるであろうし,それに対して日本が拉致問題が未解決という理由で国交正常化に反対することがどこまで出来るであろうか。もちろん日本からの資金的貢献なしに核問題を解決することは不可能であろうから、拉致と核の引っ張り合いになり、日本外交の駆け引きの正念場になろうが、その段階で客観情勢が日本に有利に動くとは限らない。
 第4に、小泉訪朝が日米関係を危うくしたと言う指摘はそうであったかもしれない。米国に対する事前通報が遅すぎたし、もっと丁寧な説明をすべきであったとは私も思う。しかし、戦後いまだに残っている唯一の国交正常化問題を解決できる機会を米国の都合だけで無にすべきではないと思う。日米関係が基本であるから、日米関係を犠牲にして日朝国交正常化することは無謀である。しかし、米国の理解を得られると言う判断があれば、ある程度わが方のペースで進めることもあって然るべきだと思う。
 最後に日朝共同声明はよくできた外交文書であると私は思う。問題はそれが実行されていないことだ。その原因が拉致問題にあることは確かであるが、日本側は少なくとも、5人の拉致被害者とその家族を取り戻した。今のところ満足すべき結果ではないが、『外交敗北』ということにはならないと思う。

 ちなみに、著者は「横田恵さんも有本恵子さんも、なお生存していることは間違いない、他にも生存者は間違いなくいる」と繰り返し書いている。それが本当であることを願う。また、著者はゼーリック前国務副長官について、親子のブッシュ時代を通じて彼のほどの親日家はいないと言っている。私の短い個人的体験ではそういう感じはしなかったが、これも真実であることを願う。
 谷野君は重村氏との付き合いが長い。彼の書評を得たいと思う。


KAJIMA INSTITUTE of INTERNATIONAL PEACE